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千葉県印西市に住む主婦が、何とか市内でも自給エネルギーを持てないかなと考えて学ぶブログ。情報集積、学習日記です。
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<<7.百姓と労働者

8.サンチョ・パンサの故郷

本稿のはじめのところで、百姓の有り様は、洋の東西を問わず変わらない、と書きました。江戸時代に当たる時期、ヨーロッパでは、西洋近代文学が成立したといわれています。初期(16~17世紀)には、シェークスピアが活躍し、セルバンテスが「ドン・キホーテ」を書きました。ゲーテ、プーシキンの時代は、18世紀初頭でした。19世紀になるとフランスでスタンダール、バルザック、モーパッサン、ゾラなどの文学が花開きます。何を言いたいかといえば、それらの作品に結構、当時の百姓が登場するのです。西洋近代文学は、ルネッサンスを経て人間を描くことに大きな特徴をもちます。すなわち、百姓とその生活もしばしば描かれることになるわけです。

セルバンテス「ドン・キホーテ」では、スペインはラマンチャのさる村に住む一人の郷士が、中世の騎士道を17世紀に呼び戻すべく、みずから遍歴の騎士となって、正直者で、ひどく脳味噌の足りないサンチョ・パンサを伴い冒険に出かけます。その途中、当然、いろいろな村々を舞台にして活躍するわけで、それらの村や百姓の姿が事細かに描かれます。それを紹介するのは大変です。そこで、当時の村がいかに心落ち着く住み良いところであったかを忍ばせる台詞を紹介することとします。

「ドンキ・ホーテ」の最終盤、サンチョ・パンサがある島の太守となったところで、敵襲を受けさんざんひどい目に遭います。そのあと、しょんぼりして自分のロバのところに帰ってきて涙を流しロバに語りかけます。「わしが太守などという野心を抱いたのは間違っていた。わしの魂の中には何千という悲しみと苦労と不安が入ってくるばかりだった。おまえと仲良くやっていたときは、まったく来る日も来る年も仕合わせだったよ」と反省の弁です。つづけて「太守などやってるよりか、耕したり、穴掘ったり、ぶどうの木の剪定したり、挿し木をしたりすることの方がわしにゃよっぽどわかってるだ。めいめい生まれついたままの仕事をしているのがいちばん似合うってことでがす。夏は樫の木陰で横になり、冬は子羊の毛皮にくるまって自由にしてたほうがよっぽど性に合ってるだ」といって、村に帰ってゆきます。ドン・キホーテさえも、村で牧人になろうというわけです。






 
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